アベノミクスは日本を潰すシリーズ 

間違いだらけのアベノミクス!(3)

アベノミクスは日本を潰すシリーズ 
2014年7月22日10:09

早稲田大学 ファイナンス総合研究所顧問/一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄 氏

 アベノミクスは間違っていると批判する識者は多い。ところが、少なくとも半分は占めると思われる反対派のメッセージは、国民にほとんど伝わってこない。何故か。大きな原因は、大手マスコミの誤誘導によるものと思われている。しかし、「経済学者の話は難しくてわからない」というのも事実である。そこで、当初から「金融緩和」に反対の立場を貫いている野口悠紀雄氏に、易しく語っていただいた。

 ――財政ファイナンス(国債の貨幣化)についてご説明いただけますか。

 野口 今、日本では財政赤字が余りにも大きく、このまま何もしないと金利が上がり続けてしまうのです。それは大きな問題なので、日銀が国債を買って、金利の上昇を抑えています。それによって、政府が今後も財政赤字を続けやすいようにしているわけです。このことを財政ファイナンス(中央銀行が国債を購入して、財政赤字をファイナンスすること)と言います。
 ――それは、少し危険なような気がしますが、国民にとって影響はないのですか。

野口 大いにあります。国民の立場で考えると、財政赤字は見えないところで拡大し続けても、今日、明日の生活には影響がなく、利益を受け続けることができます。しかし、このような状況は長くは続きません。近い将来、必ず破綻するのです。

 そのために、日本の場合はその行為を財政法第5条(※2)で禁じています。そこには、「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない」と明記されています。現在行われていることは、事実上、日銀引き受けの国債発行なので、脱法行為と言っても過言ではありません。

 歴史的に見ると、コントロールできないほど膨れ上がった財政赤字は、ほとんどの場合、インフレによって処理されてきています。第2次大戦後の日本がその典型です。累増した戦時国債の実務的な重荷は、インフレを起こして消滅させました。財政破綻とインフレ(通貨下落)は、同義語と言ってもよいほど一緒になっている場合が多いのです。
 ある意味で、インフレは最も過酷な税なのです。それは、「インフレ税」は拒否できませんし、極めて不公平にできているからです。

<「金融緩和」の目的は国債の金利の下落阻止>

 ――そのことは多くの国民には知らされてないので、とても怖い話ですね。

 野口 だから、財政法第5条に規定が置かれ、禁じているのです。これで、日本の「金融緩和」の状況はご理解いただけたと思います。実は、海外の国々おいても「金融緩和」政策の目的の多くは、経済の活性化ではありません。
 アメリカの場合を見てみます。リーマン・ショック後、2007年から08年にかけて、FRB(米連邦準備制度理事会)は数次の大規模な金融緩和政策を行いました。そのQE1と呼ばれる第1弾では、MBS(住宅ローン担保証券)の価格下落を抑えるのが目的でした。その後のQE2と呼ばれる第2弾では、国債の下落を抑えることが目的となっています。QE1とQE2のいずれにおいても、経済の活性化は果たせず、失業率や住宅価格など実体経済への影響はほとんどありませんでした。現在、QE3が進行中です。

 ヨーロッパも同様です。11年11月、ECB(欧州中央銀行)総裁に就任したマリア・ドラキが、就任直後から大規模な金融緩和政策を打ち出しています。その目的は、南欧諸国の国債(主にスペインとイタリア)の価格下落を抑えることでした。

 ――なるほど、「金融緩和」政策は、経済の活性化や雇用促進(失業率を下げる)などさまざまな目的が付けられますが、本当の目的は、インフレを起こして「国債の金利」下落を抑えることがほとんどなのですね。ところで、「国債の金利」下落を抑えることは良いことではありませんか。

 野口 とんでもありません。良いことではありません。理由を2つ挙げます。1つ目は、本来であれば、金利が上がり、財政を緊縮しなければならないにもかかわらず、野放図になります。「社会保障を切り詰めないといけない」とか「増税」しなければいけないという正常な力が働かないようになります。金利が上がらないからと言って好き勝手やっていることは、とても危険なのです。財政を放漫化させることになります。

 2つ目は、現在、日銀にあるマネタリーベース(当座預金、お金の元)が、マネーストック(日銀券、経済に流通しているお金)に変わる可能性があるからです。その場合、インフレが起こります。

(つづく)
【金木 亮憲】

(※2)財政法第5条:「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない」


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人生は銀行と建設会社のためにある?

(訳者)

以下の記事を書いた方は「サラリーマンが豊かになれない資本主義社会の仕組み」と書いているので、「資本主義だから豊かになれない」と思っていられるようです。しかし、オーストリア学派の人達は「現在の世界経済は偽りの資本主義だ。負債が世のなかを豊かにすると考えている負債主義だ。こんなものを資本主義と呼んで、資本主義に汚名を着せるな!」と言っています。

(じゃ、本当の資本主義ってナニ?と思った方はとりあえず、ピーターシフのインタビューをご覧下さい。もっと知りたかったらオーストリア学派の人達が書いた本などを読んでください。)

しかし記事の中身は「そうそう、まさにそう。」という内容だったので、ご紹介いたします。

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人生は銀行と建設会社のためにある?

 サラリーマンは誰のために働いているのかを考えると同時に、生涯収支を見てみましょう。ここでは分かりやすくするため、できるだけ数字を単純化しています。

 大卒・大学院卒の生涯収入は、およそ3億円と言われています(2009年時点で2億7580万円。22~60歳までの38年間、平均年収725万円で働いた場合)。

 所得税や住民税などの税金と、年金や健康保険などの社会保障費は生涯年収の2割、6000万円となります。一般的なサラリーマンが購入する家、もしくはマンションは4000万円、銀行に支払う金利負担が合計で2000万円。また、平均的な生命保険の額は2000万円と言われています。

 そうなると、3億円からそれらを差し引いた残りの1億6000万円で、22~80歳まで生活しないといけません(ここでは、年金収入と退職金は考慮に入れていません)。さらに子どもが2人いた場合、学費+養育費が1人2000万円(2人で4000万円)で、残りの生活費は1億2000万円になります。すると、夫婦で年間200万円強、月20万円弱に生活費を切り詰めても、まったくお金が残らないのです。

 生涯年収3億円のうち、ほぼ半分の1億6000万円が生活費と子どもの養育費で消えていきます。残りの1億4000万円は、税金と社会保障費、家、金利や保険に消えていくのです。

 つまり、私たちは必要最低限の生活費を除くと「公務員」と「建設会社」と「銀行員や保険マン」を食べさせるために、一生懸命働いていると言えます。

 私がこの事実に気付いたとき、釈然としない思いを抱いたのをよく覚えています。悲しいことに、苦労して購入したマイホームも木造一軒家は30年で建て替えが必要になり、鉄筋コンクリートのマンションでも47年で法定耐用年数が終わり、建て替えが必要になります。ローンが終わるころには、ほぼ無価値の資産となってしまうのです。この事実に気づいた私は「絶対に家は買わない」「保険は都民共済のみ」と決めました。家は賃貸で十分ですし、仮に4000万円を借金して自宅を買うくらいなら4000万円のアパートを買って人に貸し、その家賃収入の一部で同じようなマンションに住んだほうがいいのです。

 また、保険には高額な手数料が含まれているので、手数料が取られない共済を使ったほうが断然有利です。

 ちなみに、私には保険会社で保険商品の設計を行っている友人がいますが、彼らは100%、保険会社の保険に加入していません。みんな都民共済です。この事実が、保険の手数料の高さや暴利の仕組みのすべてを物語っています。



あなたが定年まで働き続けなければならない本当の理由

なぜ私たちは、このような不毛な人生を送らないといけないのでしょうか。答えはシンプルです。

 ひと言でいえば、国の政策だからです。「一億総中流」「所得倍増計画」は、「国民全員が中流階級を目指し、マイホームとマイカーを保有して豊かな生活を送ろう」という戦後、長期間続いてきた政策です。この政策は、バブル崩壊までの日本の高度成長期には有効に機能していました。日本経済が発展するには日本の企業が成長しないといけません。そのためには、売上が拡大し、利益も伸びていく必要があります。

 一方、サラリーマンの人生の中で最も高額な買い物はなんでしょうか? 想像がつくと思いますが「マイホーム」です。そのあとに「保険」と「マイカー」が続きます。企業が売上を拡大していくために効果的な方法は、高額なものを売ること。つまり、これらの商品を販売することです。

 もともとマイホームは、上流階級の人だけが保有できるものでした。なぜなら、庶民は高くて手が出なかったからです。ところが、そこに銀行と保険会社が登場します。銀行からお金を借りれば、お金のないサラリーマンでも高額な家でも買えます。お金を借りたサラリーマンは、一生懸命に会社で働き金利を払って、借金を返してくれます。

 万一、借金した本人が病気や事故などで亡くなっても「団体信用生命保険」という保険に入っていれば、保険でお金が戻ってきます。だから、銀行は安心してお金を貸すことができます。つまり、庶民がマイホームを購入するためには、銀行と保険会社はなくてはならない存在なのです。だから、政府は長い間「過剰」といわれるまでにこれらの業界を保護し、外資の参入も拒んできました。

 戦後から現在まで日本の経済活動を支えてきた建設業界や金融業界は、そのような仕組みで回っているのです。つまり、一般庶民は生活費や養育費以外は、一生懸命働いてもお金を国や建設会社、銀行、保険会社に吸い取られる仕組みができあがっているのです。

 「月々家賃を払うのはもったいない。同じ金額を払うのならマイホームを買ってローンを払ったほうがいい。マイホームは、ローンが終わると資産になる」といった言葉を鵜呑(うの)みにし、借金をしてマイホームを買うと、一生、建設会社や銀行、保険会社のために働く人生になってしまうのです。

 築30年の木造一軒家やマンションなど資産になりません。そんな30年もたった地元の実家は子どもも相続しません。結局、その子どもも新しいマイホームを買って、また一生、建設会社や銀行のために働く人生が続くのです。

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負債がお金である世界

昨年一度ご紹介しましたが、再度ご紹介いたします。
昨年1月にジム・シンクレアが自身のブログで紹介していた動画です。

この動画はいかに負債がお金であるのかを説明しています。
部分準備制度という法律を使って、民間の銀行が何もないところからお金を作りだす仕組みを説明しています。

世の中のお金の大半は中央銀行によってではなく、民間銀行によって作り出されていることを説明しています。
(日本については良く知らないのですが、日本でも部分準備制度と同じ仕組みでお金が作り出されていると思います。だって日銀の株主はアメリカの大手商業銀行だそうですから。日本の銀行システムがアメリカと大きく違うはずがないと思います。)

誰かが日本語字幕を付けて下さってるのですが、ちょっと、内容が理解しにくいかもしれません。
(でも難しい内容のものを頑張って翻訳してくださったので感謝です。)




2/5 ⇒ http://youtu.be/N9NK02bF-4w

3/5 ⇒ http://youtu.be/TmXorRn4Nn4

4/5 ⇒ http://youtu.be/3hlaif6w8GE

5/5 ⇒ http://youtu.be/mm8Du70dF9c

jsmineset

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そして預金は切り捨てられた

そして預金は切り捨てられた
戦後日本の債務調整の悲惨な現実

――日本総合研究所調査部主任研究員 河村小百合

2013年8月19日

日本の財政再建がなかなか進まない。政府債務残高は名目GDP比で約250%と、財政状況は、先進国、新興国を問わず世界で最悪であるにもかかわらず、である。国内には、「財政危機だ、財政危機だと言われたこの10数年間、結局何も起こらなかったではないか」、「リーマンショックや東日本大震災以降、年間40兆円とか50兆円といった金額の新発国債を増発して借金残高を増やし続けても、実際には何も起こっていないではないか」といった意識が蔓延しているようにみえる。

「ギリシャと違って日本は、国債をほとんど国内で消化しているのだから大丈夫だ」、「日本は、国民が多額の金融資産を保有しているから、ネットでみた国としての負債残高は、グロスの負債残高ほどに大きくはないから大丈夫だ」――こうした議論は間違っていないのだろうか。このまま国債残高を増やし続けても、国内消化の比率が高ければ、本当に大丈夫なのだろうか。

 一国の財政運営が行き詰まり、立て直しのための万策尽きた後の最後の手段には、大別して、①非連続的な対外債務調整(対外デフォルト)と、②非連続的な国内債務調整(国内デフォルト)の2通りがある。①は、近年のギリシャの事例等があり、その実態や顛末は一般にも比較的よく知られている。他方、②の国内債務調整については、各国ともそうした不都合な事実は対外的に隠したがる傾向があり、詳細があまり明らかにされていないことも多い。

 そうしたなか、国内債務調整における事態の展開を詳細に追うことができる稀有な事例は、われわれの意外な身近にある。それは、第二次世界大戦直後に実施されたわが国の債務調整(国内デフォルト)だ。その実態を、財政当局監修でまとめられた『昭和財政史 終戦から講和まで』(東洋経済新報社)シリーズ等における記録を基に、つぶさに明らかにする。

終戦直後にわが国が直面した状況

 1945(昭和20)年8月15日の第二次大戦終戦の時点で、わが国の財政は軍事関係の支出によって大きく拡大し、財政運営の継続はすでに困難な状態に陥っていた。第二次大戦をはさんだ昭和期の国民所得と物価上昇率、国債残高等の推移は図表1の通りである。

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国債に借入金も含めた政府債務残高の規模(対国民所得比)は、1944(昭和19)年度末時点ですでに約267%に到達していた。加えて、戦時補償債務や賠償問題があり、政府債務の全体像の確定は困難な状況にあった。大戦前からのインフレが大戦中さらに加速し、敗戦時の国民の財産・資産は、事実上、現預金に尽きるといっても過言ではない状態であった。

 昭和初期において、わが国の国債の約4分の1は外国債(利率は内国債よりかなり高め)が占めていた時期もあったが、戦時中の1942(昭和17)年から外国債の利払いは停止された。わが国は対外デフォルト(債務不履行)状態に陥り、その後1952年まで継続した。国債の構成も、終戦の時点では、金利水準を人為的に低く抑えた内国債が残高の99%を占め、そのほとんどを日本銀行と預金部(政府)が引き受ける状況となっていた。 

「取るものは取る、返すものは返す」

 わが国が降伏文書に調印した9月頃から、極めて切迫した財政・経済・金融状況を抱え、大蔵省内部で、専門の財政学者等を交え、具体的な対応策が検討されていった。1946(昭和21)年度予算を概観すると、普通歳入120億円に対し、歳出は172億円、うち78.3億円が臨時軍事費借入金利子や補償金利子も含めた国債費であった。

 大蔵省内では、①官業および国有財産払い下げ、②財産税等の徴収、③債務破棄、④インフレーション、⑤国債の利率引き下げ、が選択肢に上るなか、GHQによる押し付けではなく、あくまでわが国自身、財政当局の判断として、「取るものは取る、返すものは返す」という原則に象徴される対応が決定されていった。

 具体的には、一度限り、いわば空前絶後の大規模課税として、動産、不動産、現預金等を対象に、高率の「財産税」(税率は25~90%)が課税された(=「取るものは取る」)。それを主な原資に、内国債の可能な限りの償還が行われ、内国債の債務不履行そのものの事態は回避された(=「返すものは返す」)。他方、戦時補償債務については、これを切り捨てる決断を下し、国民に対して政府の負っている債務と同額での「戦時補償特別税」の課税も断行した。そして、これらの課税に先立ち、順番としては一番先に(1946<昭和21>年2月)預金封鎖および新円切り替えが行われている(図表2)。

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当時の政策運営上の意思決定の状況について、『昭和財政史 終戦から講和まで 第11巻 政府債務』(執筆者は加藤三郎東大教授)には、昭和20年10月14日の官邸での会合の列席者による回想として、以下のような記述がみられる(89ページ)。

…(前略)…大蔵省として天下に公約し国民に訴えて発行した国債である以上は、これを踏みつぶすということはとんでもない話だ、というような意見が勝ちを占めまして、おそらく私もその一人であったろうと思うのですが、これは満場一致の形で、取るものは取る、うんと国民から税金その他でしぼり取る、そうして返すものは返す、こういう基本原則をとにかく事務当局で決めてしまいました。その場で財産税という構想が出まして、議論を重ねました。この財産税は結局日本戦後の財政史上、国内混乱を起こした以外何ものでもないことになりましたが、財産税の構想はその会合でたまたま議論が起こったものです。…(後略)… 

(原資料:今井一男口述「終戦以後の給与政策について」『戦後財政史口述資料』第八分冊、昭和26年12月17日)

また、同11巻85ページには、以下のような記述もみられる。

…(前略)…山際次官(当時)はこの点について次のように語っている。
 渋沢さんの大臣御在任中のことを、発生的に考えてみると、いろいろなことの発端が、やはり財政再建計画というやつから来ておる。五箇年計画というものを造って国債をどうするか、それを償還するために財産税ということになって、そのために通貨整理、封鎖ということに発展したのですね。
(財産税について-引用者<加藤三郎教授>)ほかの富の平均化とか、インフレ抑制策というものは、あとからついて来たものです。

(原資料:「元大蔵大臣渋沢敬三氏口述(全)」『戦後財政史口述資料』第一分冊、昭和26年5月8日)

貧富の差なく国民の資産を吸い上げる

 戦後の国内債務調整(デフォルト)の中心となった政策の内容を順に確認していこう。


 一度限りの大規模課税である財産税の課税対象としては、不動産等よりはむしろ、預貯金や保険、株式、国債等の金融資産がかなりのウエートを占めた(図表3)。課税財産価額の合計は、昭和21年度の一般会計予算額に匹敵する規模に達した。また、本税の実施に先立って作成された、階級別の収入見込み額をみると(図表4)、国民は、その保有する財産の価額の多寡にかかわらず、要するに貧富の差なく、この財産税の納税義務を負うこととなった点がみてとれる。

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 税率は最低25%から最高で90%と14段階で設定された。1人当たりの税額は、もちろん、保有財産額の多い富裕層が突出して多いが、政府による税揚げ総額の観点からみると、いわば中間層が最も多い。このように、財産税の語感からは、ともすれば富裕層課税を連想しがちではあるが、実際にはそうではなく、貧富の差を問わず、国民からその資産を課税の形で吸い上げるものであったといえよう。

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なお、当時は新憲法制施行前で占領下にあり、こうした措置は、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の承認を得て、法律案を衆議院に提出、可決される形で行われた。このように、国による国民の資産のいわば「収奪」が、形式的には財産権の侵害でなく、あくまで国家としての正式な意思決定に基づく「徴税権の行使」によって行われた点に留意する必要がある。

 そして、そのようにして徴収された財産税を主たる原資として、可能な限りの内国債の償還が行われた。図表1で、国債の現金償還額が終戦後、ケタ違いの額に伸びていったことは、このような異例の大規模な財産税課税によって、可能な限り国債残高を削減しようとしていた事実を物語っている。

預金封鎖・新円切り替えを先行した狙い

 こうした財産税課税に先立ち、昭和21年2月17日には、預金封鎖および新円切り替え(注)が断行されている。新円:旧円の交換比率は1:1であった。日銀や民間金融機関も含めて極秘裏に準備したうえで、国民向けの公表は実施の前日16日に行われ、わずか1日で実施に移される、という「荒業」であった。

 実際の政策運営の流れは図表2の年表で確認できるが、預金封鎖・新円切り替えを先行させたのは、財産税課税のための調査の時間をかせぎつつ、課税資産を国が先に差し押さえたとみることができよう。預金封鎖等を発動した「金融緊急措置令」が公布された2月17日には、同時に「臨時財産調査令」も公布されている。

 こうした措置について、国民向けには「インフレ抑制のため」という説明で政府は通したが、国民からは相当な反発があったことが、『昭和財政史 終戦から講和まで』シリーズでは明らかにされている。その第12巻『金融(1)』100ページには、執筆者である中村隆英東大教授による、以下のような記述がある。

…(前略)…これ以降の政府の説明もこの趣旨で貫かれている。こうして、大蔵当局の一時インフレの高進を抑え、時をかせごうというひかえ目な判断に基づく政策効果の見通しはかくされたまま、公式には徹底的なインフレ対策としての面のみが強調され、一般もそのような政策としてこれを理解することになったのである。そこにこの政策がのちに多くの批判をあびなければならなくなった最大の理由があったといえよう。…(後略)…

(注)預金封鎖とは、銀行預金など金融資産の引き出しを制限すること。わが国の場合は新円切り替え(訳者:要するにデノミ)と同時に実施され、約半年後に第一封鎖預金と第二封鎖預金に分割された。封鎖預金からの新円での引き出し可能な金額は、個人の場合、月額で世帯主300円、世帯員1人各100円だった。

戦時補償を打ち切り国内債務不履行を強行

 その後、昭和21年10月19日には、「戦時補償特別措置法」が公布され、いわば政府に対する債権者である国民に対して、国側が負っている債務金額と同額の「戦時補償特別措置税」が賦課された(図表5)。これは、わが国の政府として、内国債の債務不履行は回避したものの、国内企業や国民に対して戦時中に約束した補償債務は履行しない、という形で部分的ながら国内債務不履行を事実上強行したものである。そしてこれも、国民の財産権の侵害を回避すべく、「国家による徴税権の行使」という形であった。

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政府の戦時債務の不履行や、旧植民地・占領地における対外投資債権請求権の放棄等により、企業、ひいては民間金融機関の資産も傷み債務超過となった。このため同じ10月19日には、「金融機関再建整備法」および「企業再建整備法」も公布された。これを受け、民間金融機関等の経営再建・再編に向けての債務切り捨ての原資として第二封鎖預金が充当された(実施は昭和23年3月、図表6)。要するに、債務超過状態を解消するために、本来であれば国が国債を発行してでも調達すべき、民間金融機関に投入する公的資金を、国民の預金の切り捨てで賄ったのである。

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そして、財産税法の公布は、昭和21年11月12日であった。財産税の納付には、不動産等の現物納付が認められた一方で、先行して差し押さえられていた封鎖預金も充当された。

 以上が、「非連続的な国内債務調整」の典型例として、わが国が第二次大戦終戦直後に経験した厳しい債務調整の実情である。これらの事実から明らかになるのは、国債が国として負った借金である以上、国内でその大部分を引き受けているケースにおいて、財政運営が行き詰まった場合の最後の調整の痛みは、間違いなく国民に及ぶ、という点である。一国が債務残高の規模を永遠に増やし続けることはできない。「国債の大部分を国内で消化できていれば大丈夫」では決してないのだ。

無論、世界大戦の敗戦国という立場に陥り、社会全体が混乱のさなかにあった当時と、平時の現在とは状況が全く異なる。政府債務残高の規模が、当時とほぼ並ぶGDP比250%の規模に達したからといって、すぐに財政破たんするというものでもなかろう。しかしながら、国債の大半を国内で消化するという現在の状況は終戦当時に通じるし、現時点で債務の膨張に歯止めがかかる見通しは全く立っていない。

 今後のわが国が、市場金利の上昇等により、安定的な財政運営の継続に行き詰まった場合、それが手遅れとなれば、終戦後に講じたのと同様の政策を、部分的にせよ発動せざるを得なくなる可能性も皆無ではなくなろう。この点こそを、現在のわが国は、国民一人一人が、自らの国の歴史を振り返りつつ、しっかり心に留めるべきである。

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マネーを生みだす怪物

マネーを生み出す怪物

マネーを生みだす怪物
連邦準備制度という壮大な詐欺システム [単行本]

多くのオーストリア学派の人たちが強く推薦している本です。
今から20年近く前の1994年に初出版されました。
現在、世界で起きている金融危機の問題の根本原因を知りたい方は是非お読み下さい。
図書館にも置いてあると思いますので、興味のある方は探してみてください。


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